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​含金属黒色染料のはなし

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油溶性染料(Solvent dye)における含金属黒色染料について語る。
含金属染料( Metal complex dye )とは、金属で錯塩を形成した染料を指し金属錯塩染料ともいう。

むしろ、海外の文献の翻訳は金属錯塩染料の方が一般的かもしれない。
金属錯塩染料の骨格に組み込まれる金属は、主にクロム、コバルト、ニッケル、銅など2価、乃至3価の金属で錯塩化されている。
含金属黒色染料を説明でする上で、染料と染色の歴史の中で、媒染染料(Mordant dye)を説明する必要性がある。

媒染染料とは、ほとんど染着性をもっていないため繊維質に予め,クロム、アルミ、鉄、銅、スズなどの金属水酸化物や酸化物を固着させ、次にこれを染溶液に浸して金属と染料とを不溶性錯塩にすることによって染色に用いる染料である。
同じ染料であっても媒染剤の種類によって異なる色調になり、多色性を示す。
金属によって不溶性錯塩を形成するため堅ろう度は良好であるが、染色方法が複雑であり工程が長く品質管理面でも不利である。
草木染めなど天然染料はほとんど媒染染料である。
媒染染料の歴史は、古く天然のアカネ(茜)を用いた染色に用いられてきたが、1804年頃にイギリスでアルミニウムミョウバンを媒染剤としても用いた先媒染処理する染色方法が開発された。

その後1826年に天然色素よりアリザリンが抽出され、1869年にアリザリン(Alizarin)の化学構造が解明されると、その構造の似た合成染料が数多く開発された。

媒染染料は、水に難溶であるため、1889年に染料分子中にスルホン基など水溶性基を導入した酸性媒染染料が開発された。
酸性媒染染料(Acid mordant dye)は、スルホン基をもつ酸性染料と不溶性金属塩を形成する媒染染料の両方の性質をもっている。

そのため酸性浴中で羊毛など動物性繊維、ナイロンなど合成繊維にもよく染着し、更に皮革など金属媒染を施したものにも染まる性質をもつ。
話を戻すが、含金属黒色染料の話をする上で、媒染染料の代表格である、
カラーインデックスの最初の番号をもつ媒染染料が、C.I.15710 C.I. Mordant Black 1(図1 化学構造式)である。

Mordant Black 1構造

この染料は、1904年にJ Hagenbachによって発明されたモノアゾ染料あり、スルホン酸基をもつ合成媒染染料である。
C.I. Mordant Black 1が実施例として記載されている、最も古い特許はUS 2,865,910がある。

本特許は、1954年のCiba Limitedにより出願されており、本染料をクロム錯塩化し、更にスルホン酸基をもつクロム錯塩化した染料をS-alkyl isothiuronium saltとして水への不溶解を発明した初の油溶性の含金属黒色染料の例といえる。
金属錯塩染料には、このようなモノアゾ染料(母材)1分子に金属1原子が配位結合した1:1型 金属錯塩染料(1:1型含金属染料)と、モノアゾ染料(母材)2分子に金属1原子が配位した1:2型 金属錯塩染料(1:2型含金属染料)がある。1:2型は、分子量が大きく耐光堅牢度が高いが、色相は鮮明さに欠ける。
これらの金属錯塩染料は、金属と錯塩を形成することが出来る、例えばヒドロキシル基(水酸基)、カルボキシル基、アミノ基などを有し、アゾ基やアゾメチン基を囲む例えばベンゼン環のそれぞれのオルト位にこれらの官能基を有しているアゾ化合物、アゾメチン化合物などがある。また、1:2型の金属錯塩染料は、金属を中心に同じ母体をもつ対称系と、異なる母材をもつ非対称が存在する。
尚、クロム錯塩染料が最も多い理由は、色相の幅(黄色〜暗青色)が広く得られ且つ錯塩として安定だからである。
実は、C.I. Mordant Black 1のモノアゾ系媒染染料をクロムで錯塩化した染料が、C.I. 15711 C.I. Acid Black 52 であり、酸性含金属染料である。
C.I. Acid Black 52は、1:1型と1:2型の混合物とされている。
C.I. Acid Black 52は、Palatin Fast Black WAN exとして上市され現在も尚、ナイロン繊維、皮革、絹の染色を始め幅広い用途に使用されている染料であり多くのメーカーで製造され販売されている。

ここまで、含金属染料へ至る歴史とその化学構造について説明してきたが、本題である油溶性染料における含金黒色染料について話を進めていく。
油溶性染料を得るためには、前説で説明した親水基を不溶化する方法もあるが、親水基を持たない染料化合物を用いても錯塩を得る事ができる。
カラーインデックス中の油溶性染料(Solvent dye)より含金属黒色染料を探してみるとC.I. Solvent Black 22, C.I. Solvent Black 27, C.I. Solvent Black 29,C.I. Solvent Black 34などがあげられる。
これらの油溶性染料は、水に不溶のモノアゾ染料2モルを1モルのクロムで錯塩化した金属錯塩染料であり1:2型含金属染料である。3価のクロムで錯塩化されている。
C.I. Solvent Black 22は、青みの黒色染料で保土谷化学よりアイゼン スピロン ブラック BH(Aizen Spilon Black BH)としてカラーインデックスに登録されている。
この染料は、C.I. Solvent Black 34 の化学構造と同じ1:2型のクロム錯塩染料であるが対イオンが異なる。
これらの染料は、それぞれアルカリ金属塩 乃至 対イオンがプロトン(free acid)として得られている。

アイゼン スピロン BHの特許における実施例は、1975年に理想化学工業から出願された発明、増感スクリーンを用いた閃光式感熱複写法に記載されている。
増感スクリーンは、シート状支持体の片面に感熱層を備え、その感熱複写紙を原稿画像面に密着させ、感熱層より光線を照射すると原稿の画像が光線を吸収して高温となり、温度差によるパターンが形成される感熱複写する方法で、増感スクリーンの作成に、酢酸ビニル系樹脂10重量部、メタノール 89重量部とアイゼン スピロン BH 1重量部で接着層にてポリエステルシート材とセロハンを貼り合わせている。
閃光を利用する上で、アイゼン スピロン BHの吸収特性 584nmを活用した例である。
C.I. Solvent Black 22とC.I. Solvent Black 34は、1980年初頭よりそれぞれ普通紙複写機用トナーにおける荷電制御剤として使用されていた。

例えば、ザポン ファースト ブラック RE(Zapon Fast Black RE: BASF製)、バリファースト ブラック 3804(VALIFAST BLACK 3804 : オリヱント化学工業株式会社)の記載が、キヤノン、三菱化成、日立金属、小西写真工業などの公開特許公報に記載されている。
 

C.I. Solvent Black 22, C.I. Solvent Black 34これら2つの有機溶剤可溶型染料は、黒色度が乏しく有機溶剤への溶解性についても不十分である。
そのため着色剤というより、機能を付与するための添加剤として用いられた例が多い。
着色目的の含金属黒色油溶性染料としては、黒色度 もしくは有機溶剤への溶解度を向上させた染料が、C.I. Solvent Black 27, C.I. Solvent Black 29 である。
これらも、1:2型 クロム錯塩染料であるが、それぞれ色力の向上のため異性体の非対称成分もしくは、異なる化学構造をもつモノアゾ染料によって構成されている。
また、溶解性を向上させるために対イオン部を第4級アンモニウム塩 もしくはアミン類(アルキルアミン等)で修飾することにより極性溶剤から非極性溶剤への溶解性を向上させている。
これらのオリヱント化学工業株式会社の製品を表1に示す。

オリヱント化学工業の含金属染料の製品ラインナップ

C.I. Solvent Black 27であるザポン ブラック REを含む木工用オイルステインが、ドイツのTheo Messerschmidtらによって特許出願されたのが、1968年である。

現在もなお、木工用高級ステインとしてこれらの染料(VALIFAST®)が使用されている。
着色剤としての用途で油性インキとして多く用いられているバリファースト ブラック 3820(VALIFAST BLACK 3820)は、1983年にOHP用マーカーインキとして、パイロットインキより出願され公開されている。

また、1987年に三菱鉛筆より出願された昭63-178177に実施例として記載されている黒色油性インキの組成例は、トルエン 5 重量部 メシルセロソルブ 70重量部 バリファースト ブラック 3820 14重量部 ロジン系樹脂 10部 パーフルオロアルキルスルホン酸カリウム塩 2重量部であり、バリファースト ブラック 3820が、高濃度に溶解している事が確認出来る。
インクジェットプリント用インキ組成物としては、アメリカン・カンパニーより1979年に出願されたC.I. Solvent Black 27の記載がある。

油性インキとして、被体基質をナイロン、ポリエチレン、シリコンゴム、アルミやガラスなどへ印字可能なインク組成を開示している。
また、1988年には、大日本塗料が、カラーフィルタ用のブラックマトリックス用途にC.I. Solvent Black 29を含む紫外線硬化型黒色インク組成物の記載がある。
C.I. Solvent Black 27,29がそれぞれ記載されている興味深い公開特許がある。

1990年に米国のBASFによって発明され出願された陰極型電着可能な水性樹脂塗料組成物、陰極型電着塗装浴及び陰極型電着塗装法がある。

陰極型電着法は、カチオン樹脂組成物と架橋剤(イソシアネート)とを含む陰極型電着可能な組成物で、塗装浴に陽極を配置し、導電性を有する被体が陰極になり通電させることにより塗装する方法であり、この陰極型電着塗料の組成は、1:2型金属錯塩染料を用いる事により効果が得られると記載されている。

最後にorientblack.comに相応しい黒色の話題として、公開特許「超漆黒被膜」の発明が、米国 インモント・コーポレイションより1984年に出願されている。

まず、この背景技術について興味深い内容であるので記載してみる。

〜従来の漆黒色の自動車顔料は漆黒性(jetness)にかなり変動をうけやすい。漆黒性とは、曇り及び(又は)赤、黄又は褐色の底色の全くない深さ、及び清澄性を有する真の暗青色を意味する。

ハイカラー・カーボンブラックの発色は、顔料を分散させるのに用いられる媒体に関係する。

ハイカラー・カーボンブラックの構造及び巨大な表面は、分散過程中に顔料(個々の粒子及びサブミクロンの集塊)を濡らし且つ覆うように広がる非常に流動性に富む媒体を必要とする。

必ずしもすべての媒体がこれらの顔料を完全に濡らし、且つ覆うように広がる事はできず、その結果として発色の度合い(漆黒性)が変動する。特定の分散媒体の選択は仕上げエナメル系により支配され、最適の発色(漆黒性、清澄性、深さ)は、必ずしも得られていない〜。

以上のように記載されており、実施例には、熱硬化性樹脂(アクリル樹脂、メラミン樹脂等)に5%の含金属黒色染料( C.I. Solvent Black 29 )と紫外線吸収剤を含む熱硬化組成物を作成しそれを用いて漆黒性塗装結果が記されている。

染料が熱硬化性樹脂中に封止され反応され、ブリード性はないと報告されている。

このように含金属黒色染料は、その染料としての黒色を活かす以外に金属錯塩として電気特性などを活かし用途適用の事例も多い。
昨今、重金属規制によりクロム含有について問題視されることがあるが、本金属錯塩染料として形成しているのは3価のクロムであると報告されており、環境問題で指摘される6価クロムで形成されているという事実はない事を言及しておきたい。

本読者やその家族の皮靴など、金属錯塩染料が多く用いられておりこれらの染料は非常に身近なところで利用されている。

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